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2008年3月 2日 (日)

奉仕の道を歩むまで 2 (今日は霊査はありません)

今日は(財)日本心霊科学協会で年一度の[祖霊祭]のため
精神統一会と霊査はありませんでした

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       [ 奉仕の道を歩むまで 2 ]

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後から(10数年後) 光の方々に気づかせられて判ったことは
フェリーでその時に着ていた私の革ジャン(夏の沖縄でも着て
いました!ハハハハハ) Gパン 白いTシャツ ブ-ツ ヘア・
スタイルまでもが 少年の頃に書いた[光の玉に出会っている男
(未来の自分なのでした)の絵]と同じで 光の大きさも同じテニス
・ボール位でした 光はじっと僕と由紀子さんを見ているようでした
そして光のことは すぐに忘れてしまいました

その後(1988年)発光球体は 原宿の竹下通りにあるロ-リング・
スト-ンズ・ショップ [ギミ-・シェルタ-] を作った小林さん(日本
人で最初にローリング・ストーン誌に1面にとり上げられた方です)と 
2人でミッドナイト・ランで 荒川で休憩している時に ふりかえったら
僕のバイクの上にバスケット・ボール位の青い発光球体が止まって
いて 私が目で確認すると スーッとゆっくりと動きだし 弧をえがき
ながらスピードを上げながら 上空に上がっていきました その時 
とても懐かしいような 子供の頃にデパートで迷子になり父親と会え
た時のような うれしいような 強い安心感のようなものを感じて
自然に笑顔になり 小林さんの方を向いて 

「小林さん!今の見ましたか!僕これで2回目なんですよ!」 

と 興奮気味で言いました 小林さんも少し興奮気味で上空を見つ
めたままウン!ウン!とうなずきました
 
その時の光の玉は少し淋しいような光具合で なぜか? 一瞬弟と
奥さんのあっこちゃんと母たちを思いましたが すぐに光の事も忘れ
てしまいました

(後から光の方から証人の方々にも意味があると思わされ知りました
それは そのタイミングを[原因と結果の中間地点]に居られる光の
方々には ほとんど判っているからです 由紀子さんのお父様は
大槻教授と同じ早稲田の理工で働いていますが大槻教授は光の玉
の本当の意味を知っていると光の方々に思わされました)


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光の玉は 映画 [未知との遭遇] と 同じ形で 飛び方でした

下ビデオの54秒からの赤い光の玉と同じ感じで 
飛び方は1分12秒からの3つに分かれるように
弧を描きながら ゆっくりから スピードを上げながら 上空に
無音で 上がっていき 消えていく 感じと 同じでした
私は この部分の映像をを作った人(スピルバーグ監督?)は
この光の玉を見ていると思います 全く同じなんです!

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つづきは http://141.txt-nifty.com/141/2008/03/post_b023.html             

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