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2008年3月26日 (水)

奉仕の道を歩むまで 6 

    
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      (奉仕の道を歩むまで 5 のつづき)

・・・・何もないその方角が由紀子さんの家の方角だと判りました   
忘れていたその事を光の方々に思い出させてくださった私は急に
Aの計画で合えない状況を作られてしまった由紀子さんに合いたいと
強く思いました 

  そしてこれまでのことをすべて話して結婚しようと思いました 

      すると不思議なことが起こり始めました・・・・

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

その夜 東中野のAに住まわせられていたアパートで由紀子さんに
会いたい そしてすべてを話して信じてもらって結婚しなければ・・・
と強く思ったのは その何度も子どもの頃から目の止まった由紀子
さんの家の方角の記憶を思い出させてくださったのはAではなく光の
かたがたによるものと判ったからです Aにより出来なかった自分で
思考する事が少しづつ出来始めた時に思った事が由紀子さんと沖縄
に行った時に現れてくださった最初の緑色の発光球体の事と由紀子
さんと出合った頃の事しか鮮明に思い出せない事でその頃からAが
私たちに関わり始め私を暗示状態にし始めたのだと判り なぜなの
か?私はその夜バイクで由紀子さんの家ではなくて練馬駅近くまで
走りました まだAによる長い眠りのようなものから覚め始めたばかり
でボンヤリとしながらも そして連続して起こった光の方々による
不思議な映像や思い出させられた事  私が自分の意志で行動し
バイクを走らせた事などでAが動揺していて妨害が弱まっているうち
に またAが力を取り戻す前にというあせりもあり Aではない何かの
力  Aとは違う 暗い洞窟に迷い明るい出口が見つかり進むような
喜びにも似た感じの状態で誘導されるようにバイクを走らせました
私は迷うことなくあるビルの前でバイクを降りました
         (練馬区豊玉北5-17セブンビル) 

そして上を見上げると最上階3階南側の部屋の窓から緑色の光が
もれていました 大きさもテニスボールくらいで見えたので沖縄行きの
フェリーで最初に現れてくださった緑色の発光球体を思い出しました
その時にAは「まずいことになりました・・・・」といい困っている感じが
僕の中の僕の喜びと開放感と対照的な感情・感じがはっきりしました
西側の方の道からビルの階段を上がって行きその部屋のドアに着き
ました 誰もいないようでした 曇りガラスの南側の窓は中が透けても
見えないガラスでしたが緑色の電球は小さな豆球のようでした
今までこの緑の豆球の明かりを部屋に灯すのを見た事がないことや
迷わずに何でココまで来たのか? Aがなんで困っているのかなどで
ドアのポストに耳を近づけてみると[シーーカチャッ・・・シーーカチャッ]
と音が聞こえて それが以前Aの仕事をさせられている時に知った
NTTのダイヤルQ2の機会の音だとわかりました Aの動揺とあわてる
声の妨害の中で同時にとても落ち着いた感じのものが僕の中で感じ
ました そしてAや僕ではない思考が入り込んできて走馬灯のように
3度見させてくださった映像のようにその部屋に関する数年間の情報
が判るようにしてくださいました(1996年3月頃)

[その部屋はAたちが借りた部屋でQ2の機械は風俗の為のもの 
  名義は成田由紀子  OOOOケイタロウが関係している 
緑の電球はAが共に1度目にも見て警告された緑の光の方をイメー
ジしたもので仲間には自分(A)に現れた光だと言ってる
Aに暗示状態にされている由紀子さんはその事に気がつけないように
されている 怖い人たちが関係していて由紀子さんは内心恐れてい
るが誰にもいえない・・・・] 等のことを瞬間的に判るようにして下さり
そのまま私は誘導されるように下の公衆電話で104番に掛けていま
した そして自分ではないかのようなしっかりとしていてユーモアの
あるような何か温かみに包まれるような話し方で104の女性から
そのビルのQ2機械が由紀子さん名義である事 他にも新宿・渋谷・
世田谷・杉並区にも由紀子さん名義の同じ機械が存在している事が
わかりました(1996年3月時点) 

後から104ではそのような情報は教えない事になっていることや 
私ではなくAでもない誰かが電話で情報を聞きだしてくれたことが
今はわかります  私はAが僕と由紀子さんを別れさせてからさらに
合えない状況・状態を作った事も光の方々に判らせられたのでこれは
私に由紀子さんを助けるようにと言う意味だと思いましたが 後からA
に対する光の方々の警告の意味の方がその時は強かったのだと判
りました それは私がまだAの能力のテリトリーの中にいた事や精神
的・肉体的な状態からもそうでした 

わたしは自分ばかりではなく由紀子さんまでもAに被害を受けている
事がわかりましたので 大変な事になっている!と思いましたがその
私の動揺はAにとっては利用しやすく回転の速いAはすぐに私のその
動揺を引き伸ばしたり強め続けたりをくり返して驚きや不安・恐怖など
も思わせ続けて 私が冷静な判断が出来ないように 自分で思考・
考えて対策などを考えさせないように感じ・思わせ続け妨害しました

光の方の走馬灯のように状況が判る方法によりOOOOケイタロウは
エゲル(私はエンゲルと呼んでいましたが)の友人でもありAの仲間で
もあるが 実は私が24才ころに働いていた増子先輩と礼子さんのバ
イクショップ[ホットカンパニー]のお客さんで私は彼のオートバイを引き
取りに杉並区上荻4の彼の実家まで行った時に彼は外に出ずに窓か
ら私の事を見ていたという光景も見えました その時彼は病気で外に
出られないとお手伝いさんの女性が言ったのも思い出しました さらに
その時のケイタロウくんはすでにAのターゲットにされていて暗示状態
にあったこと 彼は花小金井にあった増子先輩と礼子さんのバイクショ
ップ[ブルーグラス](新青梅街道沿いフランスベッド敷地内)のころの
お客であった時にAにターゲットにされた事  Aの暗示状態で彼が苦
しめられている様子までもが判りました  その彼が関係するQ2シス
テムの機械の名義人に由紀子さんがされていることで Aの大きな
犯罪組織に関わらせられて抜け出れないことが判りました 
Aはこれらの事が尋常ではない現象・方々により暴露されてしまった
事でとても驚いてしまい 「チャーリーの口を封さぐ・・・・」と言い 
能力を高めるために使用する薬物を摂取しながら私を元の暗示状態
に戻す事をしました 私は抵抗を続けましたがとても敵いませんでした
(この後AはQ2の機械の場所を急遽移転させました NTTの記録も
Aの力で消したと言うのですが 光の方々からは記録は調べられる
とのことでした その後もこのQ2と由紀子さんのことを光の方々は
3度もAに警告しています)

  約3ヶ月間以上も休み無く24時間続いた狂ったようなAの妨害と
暗示状態に戻そうとする中で私は由紀子さんを助けなきゃ助けなきゃ
と必死でしたが 警察や由紀子さんのご両親に話してQ2の名義に
由紀子さんがされていることを調べてもらうようには出来なくされ続け
ました  アパートはAによって暴力団風の人たちに追い出されました
私の私物は必要なものはAたちが取っってしまい大切な写真やレコー 
ド CD 日記 手紙 思い出の品々すべてを捨てられてしまいました
私は何も考える事ができなくされていたので悲しんだり怒ったりも出来
ず お金も住む所も無く残されたバイクも後からAたちに盗まれました 
そしてAは私が病気の母や父・弟のところに非難する事も会いにゆく
こともできないように状況も作りました ホームレス同様にされた私は
それでも由紀子さんのご両親に調べてもらうように言おうとしましたが
Aは暗示を強めて私が自分で思考できないようにし続けたりどこに行
っても同じ暴力団風の車と人を私に近づけ脅かし続けたりもしました
そしていつでも私の口を封じる事ができるのだと脅かし思わせました
Aは狂ったような笑いや脅かしの言葉を私に続けて楽しんでいました

ある夜などは 荒川まで逃げた?Aに逃げるようにさせられた私は
まわりに民家も建物もない誰もいない川の奥地の茂みで隠れました
(そのようにAにさせられた) するとAは「遅いわねー・・・・もうじき」
と言って あとは思わせる方法で [チャーリーにはここで死んでもらう
事に・・・・]と思わせ聞かせました(これは聞こえない方法) 
私は何日も休ませてもらえず逃げ回る事をさせられたのでとても疲れ
ていて Aによる長年の虐待で起きるようになっていた体の痙攣が止
まらなくなっていました あたりは暗く星明りだけでした Aが「チャー
リー 胸を見てごらんなさい・・・(笑っている様子も感じさせて)」と言い
胸を見ると赤い1センチくらいの丸い光の点が動いてるのが見えました
「これでチャーリーも終わり・・・・」とAは言い 続けて逃げるように暗示
を強めましたが 体の痙攣が止まらず疲れきっていた私は 川の向
こう側の埼玉県に病気の父と母が別々に暮らしている 弟とその妻も
Aにより別れさせられただけではなく あらゆる方法でAによって苦しみ
を味あわせられ続けAは楽しんでいる事などを川の向こう側を見ながら
思ったときに 長男でもあり何としてでも弟や父と母を助けなければと
感じて急に体に力が湧いてきて 胸の赤い丸い点を見て そしてその
方角の闇とAに向かって「俺は死なない・・・・弾はあたらない・・・・」と
言い その場で寝むることにしたことなどもありました しかしAは妨害
を続けました・・・・・・・・・・ 

Aの暗示の強さをしめす例をあげるとAは暗示状態の私に由紀子さん
のことを話しているAとイシザキヤスハルとの会話録音テープを送って
きました それを聞いたときの私の動揺をAは楽しんでいました  Aは
私の動揺を引き伸ばしたり強めたりをくり返してテープを何度も聞き返
えさせて笑っていました 私はそのテープを由紀子さんの所に持って
行きご両親に聞いてもらおうとしました しかし由紀子さんの家に着く
前にわたしはいつのまにか東中野のAたちのバイク便会社に戻されて
いました するとAは私を休ませないように 「そうだ!由紀子さんの所
にこのテープを持って行って聞いてもらわなければ!」と思わせてまた
由紀子さんの家に行かせるのですが玄関の前まで行ってもいつの間
にかAの会社に戻されているという事をくり返させました  私は忘れ
させられないように左腕に大きくマジックで [ TAPE ]と書きました
すぐに目に付くように書いても由紀子さんの家には行けませんでした
TAPEの文字が薄くなると何度も書き直しました しかし行く途中で
戻されてしまいました 何度も何度も繰り返し繰り返し抵抗しました

            それは約3ヶ月間も続きました

Aの暗示の強さは目の不自由な方の杖を奪うような 赤ん坊の手を
ひねるよりも Aにとってはとてもカンタンなことでした・・・・

過去には1週間続いた真冬のみぞれ交じりの雨の中 Aの仲間のバ
イク便会社グローバル・エキスプレスで手袋と合羽もAは私に着させ
ないで仕事を続けさせて2日目には両手に皸のひどいのがいくつも
出来 3日目には剃刀でキヅつけられたような線がいくつか出来そこ
から血が出てきました ぽとぽとと落ちる血でアクセルが滑りました
それでもAは暗示状態のままの私に朝から晩までバイクで走らせて
仕事を続けさせました お客さんのところで伝票にサインをもらう時に
床に血がぽとぽとと落ちながら血でにじんだ伝票にサインをもらいまし
た 私は何も考える事ができずに走り続けさせられました 東中野の
その会社の社長の久保氏はお客さんからそのことでクレームが来たと
言い 「チャーリー軍手貸そうか?」といい笑っていました 僕はあや
まり 今度からは血を拭いて血が落ちないようにしますとだけAに言わ
されまた何日も手袋なしで走らされました 手は痛いのですがどうしよ
うと考える事ができませんでした 見かねた久保氏が事務所で宙に
向かってAに「ちょっと やりすぎじゃないのアキコさん」と言いました
そして古い手袋と合羽を貸してくれました 僕の雨具は隠されていま
した それについて考えたり聞いたり出来ませんでした・・・・・・・・・

あるときは 僕が19歳の頃に走っていたバイクでの写真の配送の
会社[昭和天然色](中落合1)で仕事中事故を起こした時のような
事故を起こすのが見たいとAは言い何十日間も薬物を摂取しながら
能力を高めて妨害を続けました そしてある日お彼岸なので病気の
母をつれてお墓まいりにいくためバイクで母の家に向かう途中で 
「事故が見たい 事故が見たい」 と言い続けて疲れさせたりの妨害
を続けていたAにより朦朧としていた私はバイクで鉄のポールにぶつ
かり気絶したまま救急車で病院に運ばれ 目が覚めましたが胸を強
打していて呼吸が苦しくひゅーひゅーと息をするたびに音がしていて
右手親指が根本から折れていました 
治療室に運ばれた時に医師が何かの注射を僕に打とうとした時にAは
「これでチャーリーもおしまい・・・・ここで・・・」 まで言うと後は思わせ
る方法で [この病院も仲間なのここで死んでもらう事に・・・・]と言い
ここでその注射で死んでもらう事にというような錯覚を私にさせました
私は苦しく少ししか呼吸が出来ないのにふらふらとベッドからおりて
看護婦さんや医師たちが静止しようとする手をのがれて外に逃げて
タクシーで母の待つ部屋に行った事もありました Aは「きゃはははは
っ おもしろい!」と病院を逃げ出した時から笑って楽しんでいました
その日は姉の睦美ちゃんのお墓参りだったので母は楽しみにしてい
ました・・・・・・  折れた指を自分で曲げ返したりしてガムテープで
固定したりAにさせられていましたが結局そのまま変な風に固まり
ました 病院へ行く事も考えさせてはくれませんでした・・・・・

 このようなことが1日も休まず何年間も毎日昼夜続きました・・・・・

思い出せる事は100のうち0.01%以下くらいしかありませんが
もっとひどい事が起きていたようでAは記憶から消してしまいました
弟のヤッチンも胸など体中傷だらけにAにされていました・・・・・・

このような状態の私は光の方々に知らされた由紀子さんのことを
知らせなければ 知らせなければと言う気持ちだけはありましたが
Aはそれが出来ないように妨害を続けました それはAが犯罪組織
にも関係している事がわかってしまうことと由紀子さんを利用してい
ることが判ってしまうと長年にAが楽しむために作った私たち家族を
巻き込んだ暗示状態でコントロールすることもできなくなるからです
Aにとっては私を操る事は赤ちゃんの手をひねるように目の不自由
なかたの杖を奪ってしまうように簡単な事なのを光の方々はご存知
なのに その後も助けとなる不思議な現象を続けてくださった事は
あきらかにAに対しての警告の意味が強かったのだとわかりました
Aは「神との戦い」などと言っては私の妨害を約3ヶ月も続けました

その間光の方々はどんなに天気が悪くても雨の降る夜でも私が見
上げた時にその部分の所から青空や星空を見えるようにしてくれたり
Aはそれが続くので星に御礼をしなさいと暗示をかけて廃屋のビルの
屋上で私に未知との遭遇の手の合図を1つ1つの星に夜中の間疲れ
切っている私にやらせ続けた後 私が疲れて下を向いて休んでから
再び真上を向いた時に見上げたちょうどその位置に白いバスケット
ボールくらいの発光球体が静止していて私が目で確認したことが判
ると東の方角にまっすぐ飛んで行き常に見守っていると言う意味を
私に教えてくださった事 そしてAに対しては警告の意味として現れ
てくださったり お金が無くなり食べるものも買えなくなると大久保通り
の同じ場所で1万円札が2日続けて落ちていたり 靴が破れてしまい
残りのお金3000円で靴を買い履いたけれど数時間で足に合わなくて
足にまめが出来血が出て痛くなったのでそれを脱いで困ってしまい
夜中までそこでじっとAに座らせられていたらいつの間にか数メートル
先の道路の真ん中に新品のブーツがそろえておいてあり僕は「あっ
また神さまだ」と言いAは非常に動揺しました それを履いたらそれも
小さくてだめだなと思うとAはほっとして「なによ だれかが置いていっ
たんじゃない びっくりした でも新品をどうして道の真ん中に?・・・・」 
買うと2万円位するブーツを友人の清水氏が電話で買ってくれると言い
私は歩き始めてすぐの角を曲がった時たばこに火をつけるために立ち
止まり火をつけた時に足元に3000円が置いてありました 僕は買った
靴の金額と同じな事でまた神さまだ!と思いました Aは「また奇跡が
・・起きてしまった・・・・」と動揺しました そのような形で3ヶ月ほど住
む所もお金も持ち物もAの仲間達に取られたり捨てられたりバイクまで
も盗まれた私は光の方々により助けられ続けました   

私は歩いて由紀子さんの家へ行って話そうとすることを何度も途中で
自分は何をしているのだろう?Aの会社に戻らなければとAに思わされ
引き返させられては また由紀子さんの家に行かなければという繰り
返しをAに妨害されながら必死で3ヶ月間も抵抗し続けていました
しかし 私はこの状態ではまともに話す事がAにより出来ないと判り 
その間にひろったノートとペンでAのこと由紀子さんの事を書きました
3ヶ月もかかったのは書こうとする事をAに忘れさせられたり別の行動
をとらされたりなどのあらゆる妨害を受け続けたからです Aはそれほ
どAや由紀子さんのことを文章という形になることを拒みました それを 
由紀子さんの家に持っていこうとする私にAはとうとう光の方の存在と
現象などの助け・働きがあってAは警告されている事を十分に認識して
いるのに Aは計画していた非常手段を私に行なってしまいました

 それにより私はTAPEもノートも持っていくことも出来なくされました

そして私は約4年間も病気の母と父にも会えず連絡も出来ないある形
をAに作られてしまいました 光の方はAのこの計画を知っていてAに
対して警告の意味で私には助けとなる意味で不思議な現象を続けて
下さっていたのが後からわかりました・・・・    (1996年6月頃) 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
この4年間のことはベンジャミン・クレームさんの言う[大宣言の日]まで
お待ちください  国のあらゆる機関にAが影響を持っていることもあり
今はまだ公表できない理由もあるからです
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

この非常手段をAがとったのは私が知る事がないはずの由紀子さんを
巻き込んだAの犯罪組織に関わる事を光の方々に暴露されるかのよう
な事が起きたからでもありますが もともとこの計画はAが最終的には
私を利用した後に実行する予定であった計画の一部だったようです

光の方々はAに対してこの計画を実行させないようにと何度も色々と
3ヶ月もの間不思議な現象を続けてくださり警告をAにしていました
しかしAは実行してしまいました Aは光の方々の事を私よりも詳しく
知っていたみたいです それはこの計画を実行してからも光の方々は
Aが入り続ける私に色々な形で判るようにしてくださったからです

     Aの計画のこの空白の4年間の初めのころに

本を読まない私はなぜか?聖書を手に取り 開いた初めのところに
[東方の3人の博士たちを導いた光]の事が書かれたところを見た時
に それが白い発光球体でイエス様の生まれた馬小屋まで導いた
光であると知らされた事 その後にテレビをつけると木の下に座って
いる男の人が映っていて 白色の光の玉が近づくところでした
それが お釈迦様であり悟りが開かれた時の事を番組が放送して
いたところでした 私はすぐに神さまだ!光の方々だ!と判りました

  その後に図書館で別の本を借りてみようかと思い行きました

そして本を見ないで選んでみようかと思い手探りで1冊の本を手に
取り開きました すると!そのページに弘法大師様が何処かの崖を
よじ登ったあとに口の中に入る位の大きさのオレンジ色の発光球体
が近づき入った後に悟りが開かれた事が書かれてあるページでした
私はまた 神さまだ!光の方々だ!と感激しました  3度連続して
光のことが判るようにしてくださいました そして光の方々は世界の
宗教は元が1つであることを私に教えてくださいました

  光の方々はまるで状況(シンクロ)が作れるかのようでした 

Aが人工的に私に色々な人たちや国の色々な機関を騙して動かし
私に悪い状況を作り続けたことに対してのAへの警告の意味でもある
と思いました その本の別のページを開いた時に[地獄霊を断つには
不動明王の力を借りよ]と書かれてあり読むと畜生霊・餓鬼霊そして
1番最悪なのが地獄霊らしく その特徴はまさにAそのものである事
が書かれてありました お不動様の持っています剣に込められた戒
めの[五戒]は[嘘をつくなかれ][盗むなかれ][邪淫を犯すなかれ]
[酒を飲むなかれ][殺すなかれ]でAは嘘しか言わない事・人の物
ばかりか人生までも当たり前のように盗む・多くの男女を性的に乱れ
させたりして離婚させて楽しむ・薬物を使用しながら楽しむように人を
苦しめる・あっさりとは殺さずしかし最後にはその人を自殺や病気など
で死に至らしめる・事と一致していました そしてお不動様の真言が
書かれてあり [ナウマクサマンダバザラダンカン] と読んだ時に
Aはこれまでにないとても緊張している感じが伝わりました 話さなく
ていいのに何かを言ってごまかそうとAはしたのですが 「こ このま
ま・・ チャ チャーリーには 殺人の罪を着せて二度と母親にも合え
なくしてやる よ よくも私を・・・ よくも私を侮辱(本当は「驚かして」)
して・・・・・・・・・・・・・・・」 と言いました とても動揺していました
(その後Aは光の玉や現象などではない不動明王様という存在が5回
も現される警告を受けましたが私たちへの妨害を続けてしまいました)

わたしは本の表紙を見ました[池口恵観]さんの真言密教の本でした

それにより光の玉(方々)は菩薩光と言うものと判り Aが過去に私に
何度か 「菩薩の子どもを何人も殺してきた・・・・チャーリーも・・・・・」
といっていた事はこの事だと判りました  Aは明らかに私よりも先に
光の方々の存在を知っていて [これは悪魔対神との戦いなのよ]と
言っていたのはAの脅かしではなく本当の事だったと判ったのでした
  (Aは「悪魔対神との戦い・・」と悪魔の名を先に言っていた)
 
このような形で連続して色々な方法で光の方々はAに対しては警告
の意味で私には助けとなる意味で4年間の間教え続けてくれました

2000年春 この4年間の間に私は過去に起きていた事を光の方々の
助けもあり 色々と思い出したり状況なども判るようになっていました

少年の頃に書いていた未来に現実となる約5種類の想像画の中で
映画[未知との遭遇]の中で出てくるある形の山の絵を書く人たちと
同じ形の山の絵を時々私が落書きのようなものも含めて無意識で
書いていましたが 私の山の絵では山の上にいる人々を大きな宇宙
船のようなものが吸い上げている絵も多くあった事

別の絵で 駄目になってしまった地球からとなりの星に空間を鷲鼻で
小柄・手が長く笑っている老人のような男性が最後の1人として移動
している絵と とても平和なイメージのような緑の大草原にそよ風が
さらさらふいているとても静かなかんじの絵の2枚1組になっている絵

最後のは燃えている地球からたくさんの宇宙船が飛び出している絵

絵を書いていた少年の頃から1996年に光の方々によりAからの暗示
状態から覚まさせていただくまでの間はUFO(宇宙船)や異星の方
霊的なことや宗教には興味が無く普通の人と同じでした 少年の頃に
書いた絵を1996年に思い出させられて見たときには 何でこんな絵を
書いたのだろう?もう一度書けと言われても私は絵をそれ以降書いた
事がないし興味も無かったので書く事ができない絵だったのです

 今は判りますが[自動書記]と言う方法で書かれたものでした

光の玉に出合っている男の絵は着ているものやヘア・スタイルまでも
同じな事で未来に絵の事に気づかせて絵の通りになると言う意識を
私に持たせ絵に注意を払うようにと言う意味もあり

Aの能力を意味するいくつかのタイプの絵はAに対する警告の意味と
私への助けとなる意味のものでもあるとわかりました

残りの3種類の絵は何かが原因で宇宙船に沢山の人々が吸い上げら
れるかして駄目になって燃えてしまう地球から脱出しているかのような
絵ですが 鷲鼻の男性は優しいおじいさんを思わせる顔で2枚1組の
平和な地球を意味する絵がセットになっている事から[人類の選択]を
意味していて私たちが何かをどのように選択するかにかかっているよう
にも感じます 鷲鼻のおじいさんが笑っている事からして大丈夫なんじ
ゃないかって思いますが駄目になってしまった地球をイメージする絵の
ほうが多い事からまだ判らないのかな?とも 2000年春までには思い
ました とにかく何かしなければならないと感じていました
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
2000年の春 私は光の方々によりAからの長きに渡る約16年間もの
拘束から解放されました Aは私をこのまま解放しないで冤罪で口を
封じるようでしたが 光の方々でない方不動明王と言われる方の出現
などでAはそれが出来なくなったのでした またこの4年間の間にAは
由紀子さんの名義になっていたQ2の機会をすべて移転させたりなど
隠蔽を色々したようでした  私はスグに由紀子さんを探しましたが
Aは徹底して会えない状況を強化していました   私はその日から
由紀子さんに手紙を何通も送り 彼女の家の近くの公園で待つことを
始めました 雨の日も 雪の日も 明け方まで週何日も 何年も 今も
待っています それは光の方々が由紀子さんを知らせる印や誘導する
シンクロを今も続けてくれているからですそれはAに対しての警告でも
あります Aは2人が会えない状況を作り楽しんでいるからです また
光の方々のこの由紀子さんを待つようにという誘導で私が待つことに
よりAに私達から離れよという警告の意味があるのです 私は何度も
仕事が終わり疲れ切っていても 光の方々の由紀子さんのサインが
あると彼女の家の近くのその公園で待ちましたが 「もういやだ!」と
考えた事がありましたが それでも待ち続ける事をしています
それはAが1996年に私を拘束してから2000年の春までに不動明王
様からも警告を受け続けたので 解放した時には必ず家族を元に戻し
立ち去ると何度も約束をしたからです しかしAは不動明王様や光の方
々との何度も交わした約束を破ったからです私は由紀子さんを知らせ
る印やシンクロなどの誘導が起き始めた時 とても感謝しました
それはどれも奇跡としか言いようのない現象で知らせてくださるからで
す そのうちに何度か「もういやだ!」と思った事があると小さな印が
起き 私はあの奇跡としか言いようのない大きなはっきりとした印の
数々を思い出しそのつど「もし僕が根をあげても印を続けてください!」
と お願いを申し立てていたからでもあると思います そのようなわけ
で私は由紀子さんが現れるまで待つことを続けているのです  

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
2000年の春 私は20年ぶりに父の住む子どものころに私も暮らした
家に戻る事にしました Aの影響もかなり弱まり病気の父のめんどうを
見る事が出来るようになったからです  20年ぶりの部屋はほこりと
すすだらけになっていて掃除を始めたすぐに壁とテーブルの間に裏返
しに落ちていたカレンダーの切れ端を見つけました 
      
      それを私は拾って表にしてみた時に なんと!
V6010013光の方々に知らされ思い出させられたスピルバーグ監督の映画[未知との遭遇]の中に出てくる山の絵を書く人たちと同じ形の山の写真だったのです!
このカレンダーの切れ端は几帳面な父がなぜなのか?この1枚だけ
捨て忘れて壁とテーブルの間に落ちていたのです しかもこれだけ
1枚だけが落ちていました 父は僕のこの話を知りませんでした
私は神さまだ!光の方々だ! 「ありがとうございます!」と感激して
額に入れて飾る事にしました それを父が手伝ってくれました 

   その写真を額に入れて飾る時に私は光の方々による
      インスピレーションを感じるように聞きました

 [ まだ未来は変えられます がんばって地球を救って下さい 

と聞こえたように感じて まだ残りの絵のように燃えている地球から
たくさんの宇宙船が飛び出している絵のようにはならなく出来ると
知らされたのですその時にフッと[食べるものも水も無くとても苦しみ
死んでゆく小さな子どもたち
]の飢餓の様子とその痛み
苦しみ悲しみと そしてそばにいる母親の気持ちまでもが自分のよう
にはっきりと感じ判りました!

光の方々は[常に]これらの地球の飢餓や貧困などで苦しむ子供達
の事が見えているし いつも判っていると言うという感じでした  
それは何かとても重要で最優先しなければならない事のように強く
はっきりと感じました  自分の子どものようにも感じたのです!

つづきはhttp://141.txt-nifty.com/141/2008/04/post_bac5.html


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