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2009年5月11日 (月)

セイロン・ティはお好き?

http://mixi.jp/view_bbs.pl?id=42424755&comm_id=1808806

   ミクシーのコミュ  『世界の肖像』 より


2009年4月29日、インド洋。

サメ漁のために、海に出ていた
インドの漁師ラオ(K. Srinivas Rao)さんは、
およそ、150キロほど沖合いに来たところで、
1隻の小船と、手を振る2人の人影を見つけた。

2人のうちの1人は、
赤ちゃんを掲げていた。

インドの南の島国、スリランカ。
この地から産出されるお茶は、
セイロン・ティとして、世界中で愛されている。


この島の70%の住民は「シンハラ」という人々で、
その多くが仏教を信じている。

この島は、長い間、ポルトガルやオランダ、
そして、イギリスの殖民地として支配され、
人々は苦しんできたが、
1948年、ついに独立を勝ち取った。

そして、シンハラ人たちは、
仏教を基盤とした、
自分たちの理想郷の国をつくろうと考え、
そして、実行した。

シンハラの言葉で「輝く島」という意味の
「スリランカ」を国名とし、
シンハラ語を公用語と位置づけ、
シンハラ人が大学に優先的に入学できる制度をつくり、
就職や事業においても、
シンハラ人の優位な社会を作り上げていった。

だが、それは、同時に、この島に住む
シンハラや仏教徒以外の人々、
特に、人口の15%以上を占める
ヒンドゥー教徒の多いタミル人を抑圧することとなった。

植民地時代に移住してきた
インド系のタミル人は、
市民権や参政権を剥奪され、
タミル語に制限を付けられ、
大学や就職、事業において、
厳しい差別を強いられた。

タミル人の抗議に、
シンハラ人は、暴力でこたえ、
たくさんのタミル人が殺されていった。


そんなシンハラ人による差別と暴力、
そして、タミル人の怒りと悲しみが、
1人の怪物を生み出した。


「神の子」
ヴェルピライ・プラブハカラン、

シンハラ・スリランカ政権に対抗し、
タミル人の分離独立を目指す武装組織
タミル・イーラム解放のトラ
(Liberation Tiger of Tamil Eelam、LTTE)の
リーダーだ。

プラブハカラン率いるLTTEは、
シンハラ・スリランカ政権に対し
激しい武装闘争を展開。

それと同時に、ライバルのタミル人組織に対しても、
攻撃を加え、壊滅させていった。


LTTEの兵士は、子ども時代から徴兵され、
厳しい訓練しを受け、
青酸カリのカプセルを首からさげ、
逮捕や降伏するより死を選ぶと言われる。


25年以上にわたる
政府軍とLTTEとの戦闘で、
死者は7万人、
住む場所を失った者は数十万人に上る。


何度か停戦もあったものの、すぐに破棄され、
近年は、再び戦闘が激化していた。

そんな中、2008年より、
スリランカ政府軍によるLTTE殲滅作成が開始、
LTTEに対し、激しい攻撃を加え、
LTTEの支配地域は、徐々に狭まり、
今年2009年4月には、
わずか20キロ平方メートルほどの
「非戦闘地域」と呼ばれる部分に、
LTTEは逃げこんだ。


スリランカ政府は、LTTEの制圧に対し、
最終局面に達したと表明した。

ただし、大きな問題があった。

これまでの政府軍の無差別に近い激しい戦闘と
LTTEが自分たちの「盾(たて)」とするために、
たくさんのタミルの一般市民が、
LTTEに連行され、
この「非戦闘地域」に閉じ込められたことだ。

その数は、国連によれば5万人以上。


だが、国連をはじめ、国際社会が懸念する中、
スリランカ政府軍は、
LTTE殲滅のため、市民もろとも
「非戦闘地域」に激しい爆撃と共に進行していった。


非戦闘地域の海沿いの村
プツマッタラン(Putumattalan)にいた
オートバイ・タクシーの運転手
S・インドラ・クマル(S. Indra Kumar)さんは、
国際的な人権保護NGO
ヒューマン・ライツ・ウォッチに対し、
次のような話をしている。


「本当に恐ろしいところだった。
 いつも砲撃されてたんだ。
 4月の5日だったか6日には、
 近所に住む人たちが砲撃でケガをした。
 
 砲弾は塹壕に落ちてきて、
 10人がケガをし、その内5人が後で死んだ。
 
 麻酔薬はなかった。
 医者は麻酔なしで
 ある女の子の腕を切断しなくちゃならなかった。
 
 俺の小さな娘は泣いてたし恐がってた。
 
 それで、俺はここから逃げなくちゃって決心した。」


石切り工の
シバダサ・ジャグデシュワラン(Sivadasa Jagdeshwaran)さんも、
次のように証言している。

「ICRC(赤十字国際委員会)は
 テントを配っていたけど、足りなかった。
 
 それで、俺たちは
 ココナッツの葉で屋根をふいたシェルターを建てた。
 
 雨が降ったり、砲撃されたりしたら壕に駆け込んだ。
 
 食べ物は不足していた。
 
 ある日俺が食べ物の配給を受けるために並んでいた時、
 突然砲撃があった。
 俺は走って逃げたけど、
 後で、40人がそれで死んだと聞いた。」

「沢山の人が死んだ。
 死人が出たって聞く度に、
 埋葬のために死体を引き取るのさ。
 
 2ヶ月前、親父が行方不明になった。
 俺は親父を探しに病院に行って、
 そこで死体を見つけた。
 
 親父の頭の後ろ部分は全部なくなってた。
 顔だけがあったんだ。
 
 俺は医者に、頭をどうにかしてください、
 埋葬しますから、といった。
 
 そしたら、
 埋められる遺体があるだけでも感謝するべきだ、
 って言われた。」

4月20日、激しい砲撃のがやんだ時、
彼らは決心した。

4月21日、午前1時ころ、

ジャグデシュワランさんの、
奥さんと、4歳、
そして、8ヶ月の赤ちゃんクベラン(Kuberan)の
2人の息子たち、
そして、奥さんのお父さんや兄弟たちなど、
21人が小船に乗り込んだ。

誰にも見つからないように、
LTTEにも、政府軍にも…。


船長は言った。
「ここからインドまでの距離は、
 ハバナからマイアミまで行くよりも短い。
 9時間もあれば着くさ」

しかし、小船は、すぐにエンジンが故障し、
漂流することになった。

赤道付近のインド洋。
水も食料も、まったく無かった。


まず、子どもたちが死んだ。

4月24日、
S・インドラ・クマルさんの3歳の娘と、
ジャグデシュワランさんの
4歳の男の子が死んだ。

子どもたちは、海に流された。


それから、ジャグデシュワランさんの奥さんの
お父さんが死んだ。

そして、ジャグデシュワランさんの奥さんの
2人の兄弟は、海に身を投げた。


「1人ずつ。
 子どもたち、赤ん坊が死んだ。
 食べ物も、飲み物も無かった。」

S・インドラ・ミーナンさんは、
ニューヨーク・タイムズのインタビューの中でそう答えている。

「24日、死んだ。
 25日、そして、26日。
 1人ずつ死んでいった。」
 
漂流から9日目、
船長が海に身を投げた。

錯乱したのか、罪の意識からかは分からない。


2009年4月29日、インド洋。

サメ漁のために、海に出ていた
インドの漁師ラオ(K. Srinivas Rao)さんは、
およそ、150キロほど沖合いに来たところで、
1隻の小船と、手を振る2人の人影を見つけた。

2人のうちの1人は、
赤ちゃんを掲げていた。


掲げられていた赤ちゃんの名はクベラン(Kuberan)ちゃん。

8ヶ月のジャグデシュワランさんの息子だった。

クベランちゃんは、
お母さんのおっぱいを飲んで生き残った。

お母さんは、クベランちゃんに、
救出される直前まで母乳を与え、
そして、死んだ。


小船に乗り込んだ21人のうち、
救出されたのは10人だった。

収容された病院の上の柔らかなベッドの上で、
クベランちゃんは、
お父さんから粉ミルクをもらい、
オムツが汚れていないか見てもらっている。

赤ちゃんは、何が起きたかも知らず、
楽しげに笑っている。

そんな親子の姿が、
ニューヨークタイムズに、
写真と共に載せられている。


日本から遠い、南の島国。

ほとんどの人は紅茶産地としてしか知らないかも知れないが、
スリランカ政権にとっては、
日本は最大の援助国だ。

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関係リンク
New York Times
Boat to Safety Is Death Trap to Sri Lankans
http://www.nytimes.com/2009/05/06/world/asia/06lanka.html

Human Rights Watch
スリランカ:「ボートピープル」が戦闘禁止地域での恐怖を語る
http://www.hrw.org/en/news/2009/05/05-0

国境なき医師団
「一人の男の子が訊いてきました。『新しい腕はないでしょうか?』」
スリランカの前活動責任者、アンマリー・ルーフへのインタビュー
http://www.msf.or.jp/news/2009/04/1757.php

アムネスティ・インターナショナル
病院に対するクラスター爆弾使用は卑劣な行為
http://www.amnesty.or.jp/modules/news/article.php?storyid=597
民間人の犠牲が増え続けている
今週だけでも民間人数百人が犠牲になったという情報もある。
http://www.amnesty.or.jp/modules/news/article.php?storyid=645

国際協力銀行(JBIC)のスリランカの内戦の分析レポート
http://www.jbic.go.jp/ja/investment/research/report/research-paper/pdf/rp24_j02.pdf

アルジャジーラの動画(Youtube)
http://www.youtube.com/watch?v=ixWd9P5_0wY

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