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2010年1月 3日 (日)

正月の朝風呂  2010年

毎年恒例の新宿・淀橋(西新宿)で お正月の朝風呂に入りました


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子どものころ住んでいた現在は西新宿5丁目の清友荘という神田川の
裏にあるアパートのまん前が 羽衣湯 という銭湯で毎日入って
いました お正月だけ朝から昼過ぎまで2日の日に羽衣湯は入れて
子どものころは不思議な感じが毎年していました いつもは夕方か暗
くなってからなのに 朝から入るお風呂は浴場にいる人たちも違って
見えました そんなわけで 今年も 懐かしい子どものころの淀橋を
感じながら羽衣湯に入りに来たのでした  僕はお風呂屋さんが大好
きで毎日入っていました 今もですが・   小学校のころ淀橋第三
小学校では朝日新聞の 小さな目 という詩の投稿をするため 時々
詩を書かされていました 僕は お風呂屋さん という題名の詩を書
きました それは 新聞に載りました 父が手伝ってくれたんです
 やさしく     羽衣湯は遊び場でもありました 「むっちゃん
 御風呂行こう」と年下がほとんどの子分や友達が迎えに来るので
 海水めがねを用意しなきゃ といつも楽しかったです そういえば
 子分や友達が遊びに来る時には 「 むーっちゃん あそびまーし
ょ!」って 掛け声がしていました なつかしいです  お風呂の浴
槽が深いところと浅い所に分かれていて その仕切りの下のほうに頭
が入るくらいの四角い穴があり そこを潜って何回息を吸わないで行
ったり来たりできるかで100回出来た事や 何分潜ったままでいら
れるかで3分15秒の記録を作った事など 昔のことをいろいろ思い
出していました  遊びすぎていて ちゃー(母の事)が怒りにきた
こともあったり  家の前だったのでスグに母や父は様子を見にこれ
ました  幼いときに 女風呂の母に呼ばれて 母の膝枕で耳を洗っ
てもらった事 父に体を洗ってもらった後 飛行機 と言って 脱衣
場まで担いでもらっていた事   番台のおじさんの顔 おばさんの
顔   今でもハッキリと憶えています  今日 羽衣湯に入るとき
に 新しくなった お菓子屋さんの 大田さんの家の3階のバルコニ
ーから 昔のおばーさんが 立っていました でも 何十年も生きて
るはずはないので あの ふとった 笑顔のいい おばさんだとわか
りました おばさんは 夏に となりのアパートの2階の僕たちの家
に 溶けてしまって形がくずれて売りもんにならないから むっちゃ
んに食べさせてあげて と わざわざ来てくれたり  三平(林や)
さんみたいな いつも いい笑顔のおばさんでした  まだ 生きて
いたんだと うれしくなりました  去年のように 鏡の前の裸の自
分の記念写真をカメラで写そうかと思いましたが 人が絶えなかった
ので写せませんでした 服を着たときに撮れました  お風呂の前に
 十二社の熊野神社 出てからは南台の氷川神社に初詣しました 熊
野神社は弟の生まれた土地 僕は育った土地 南台の氷川神社は 南
台の交差点の以前にあったタクシー会社の裏で生まれたので行きまし
た しかし 恐ろしいくらいに不思議な縁を感じました それはHE
EHAWの 真裏 にあるのです 僕は 感謝やご配慮 不思議な心
境になりました 悪の勢力との戦いのなかで息抜きを何年も してい
たのがHEEHAW だったからです そのころは真裏に生まれた土
地の氷川神社があることをを知りませんでした この2~3年で認識
したのでした 感謝です   今 弟のヤッチンから電話がありまし
た 熊野神社のお札をありがとうとのことです 今度の日曜のPM2
:30から お世話になったHEEHAWのマスターがお気に入りの
 本格芋焼酎パーティをすることになりました ヤッチンは何十年ぶ
りかのこの家に来ます 楽しみです  全ての人と 食べ物や全ての
ものが分かち合え 全ての人が幸せになりますように すべてが良く
なりますように 大宣言の日が 1日も早くに起こりますように! 

   


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